聖書信仰の見張り人たち

聖書信仰の見張り人たち

後の雨運動(1)「後の雨運動とは何か」

2020.05.10

「現代にも使徒と預言者がいる」という新使徒的宗教改革(NAR)の主張は、NARの使徒、預言者と呼ばれる人々が始めたものではありません。NARは、「後の雨運動(Latter Rain Movement)」と呼ばれる第二次世界大戦直後(1948年)に起こった使徒・預言者の回復運動の直接的な影響を受けており、現在のNARの指導者が教えている内容は、後の雨運動の主張の焼き直しと言うこともできます。そのため、NARを理解するためには、後の雨運動を理解する必要があります。また、後の雨運動を理解することで、NARの今後を予測する手がかりを得ることができます。

今回は、後の雨運動の歴史を学ぶシリーズの第1回目の記事で、後の雨運動の全体像をつかみ、現代の使徒運動のベースにある考え方を見ていきます。第2回では、現在のカリスマ運動に大きな影響を与えている「Manifest Sons of God(現れた神の子どもたち)」と呼ばれる後の雨運動の異端的な教えを取り上げます。第3回では、後の雨運動がどのような影響を残し、運動としてどのように歴史の舞台から消えていったかを振り返り、検証します。

NARに対する後の雨運動の影響

「新使徒的宗教改革(New Apostolic Reformation)」という用語を生み出したNARの思想的父、C・ピーター・ワグナーは、後の雨運動について次のように語っています。

第二次世界大戦直後の北米で、神によって「第二の使徒の時代」の使徒が登場する扉が開き始めた。一部の教会が使徒職を認め始めるようになったのはこの頃である。しかし、この運動は最終的には尻すぼみになり、消滅してしまう。この時代に、「後の雨(Latter Rain)」「レストレーション運動(Restorational Movement)」「解放伝道(Deliverance Evangelism)」「羊飼い運動(Shepherding Movement)」といった用語が使われるようになったが、こうした運動のリーダーたちは、自分たちが手がけていることが当時の教会全体を改革するだろうという大きな期待を抱いていた。しかし、現実にはそうならなかった。第二次世界大戦後に始まったこのような神の運動の多くは、今では存在しない。存在していたとしても、影響力はほとんど残っていない。しかし、こうした運動のリーダーたちは真の先駆者だった。第二次世界大戦後の使徒運動は、明らかに神ご自身が始められたことである1

【原文を読む】

In North America, God began to open doors for the emergence of the apostles of the Second Apostolic Age right after World War II. It was around that time when some churches began to recognize the office of apostle. However, the movement eventually sputtered. During those days, terms such as “Latter Rain,” “Restorational Movement,” “Deliverance Evangelism,” and “Shepherding Movement” were used, to name a few. The leaders of those movements had great expectations that what they had started would reform the entire Church in their generation. But it didn’t happen. The majority of those post-World Wat II movements of God no longer exist today; and those that do, have relatively little influence. However, the leaders of these movements were true pioneers. Their post-World War II apostolic movements were clearly initiated by God Himself.

ここでワグナーは、後の雨運動を使徒運動の先駆者と呼び、この運動は神ご自身が始められたと評価しています。ここに、後の雨運動のNARに対する影響を見ることができます。

また、NARの指導者の中には後の雨運動に直接関わっていた人もいます。その内の1人が、クリスチャン・インターナショナル(CI)のビル・ハモンです。ハモンは次のように語っています。

私は大きなレストレーション運動(訳注:後の雨運動)の中にいた生き証人である。後の雨運動に参加することになったのは1952年で、運動が誕生してまだ4年しか経っていない頃だった。2

【原文を読む】

I was an eyewitness to this very thing happening in a major restoration movement. I became a participant of the Latter Rain Movement in 1952 when the movement was just four years old.

C・ピーター・ワグナーは、ビル・ハモンから多大な影響を受けており、それはワグナーがハモンの著書のために書いた前書きからうかがい知ることができます。ワグナーは次のように書いています。

ビル・ハモンのことを「友人」を呼ぶ時、率直に言うと今でもある種の畏れを感じる。長年の間、ビル・ハモンは手の届かないところにいるキリスト教界のセレブであった。その名は知っていたし、よく耳にしていて、大いに尊敬もしていた。その著書から、私は多大な影響を受け、伝統的なキリスト教から、聖霊のご人格と豊かな働きに対して目が開かれる「パラダイムシフト」を経験する中で、私を成長へと導いてくれた。3

【原文を読む】

I must confess that I still feel a sense of awe when I call Bill Hamon a “friend.” For years and years he was, for me, a distant Christian celebrity, whose name I knew and heard frequently, whom I greatly admired, and whose books had been among the most influential in nurturing me through what I refer to as my “paradigm shift” from traditional Christianity to an openness to the person and to the full ministry of the Holy Spirit.

後の雨運動の中にいた人物で、その後NARの指導者になった人物には、カンザスシティの預言者と呼ばれ、預言者運動の初期から中心的な役割を果たしてきたポール・ケインがいます。このような人々を通して、後の雨運動の教えはNARの形成に大きな影響を与えてきました。

それでは、後の雨運動はどのように始まり、何を主張したのでしょうか。まずは歴史的な事実を押さえていきましょう。

後の雨運動の歴史

後の雨運動は、第二次世界大戦直後の1948年にカナダで起きた「後の雨リバイバル」を端緒として始まったもので、カナダ全土と全米、そして世界各地へと広がっていきました。ただし、運動体としては長く続きませんでした。この運動の背景から衰退までを駆け足で見ていきます。

背景

1940年代当時のペンテコステ派は、1906年に米国ロサンゼルスのアズサストリートで始まったペンテコステ運動から30年以上が経ち、組織的にも整い、運動として定着していました。その一方で、ペンテコステ運動の初期の興奮が冷め、聖霊の働きに直接触れたいという飢え乾きが一部に広がっていたのも事実です。

ビル・ハモンは、当時の状況を次のように記しています。

1930年代後半から1940年代前半にかけて、多くのペンテコステ系の組織はさまざまなカンファレンスを開き、論争の多い教理について終わりのない議論を繰り広げていた。その頃、初期の栄光を知らない第2世代、第3世代のペンテコステ系クリスチャンが現れ始めていた。当初見られた超自然的な現れは一般的な会衆では見られなくなっていて、超自然的な賜物が実際に行使され、超自然的な礼拝が行われている教会は例外的な存在となっていた。教会に古くからいる人々は、古き良き時代のことをよく語っていた。新しい教職者や若い世代の聖徒たちは、神の新たな訪れに飢え乾いていた。4

【原文を読む】

During the late 1930s and early 1940s, many of the Pentecostal organizations were conducting conferences with endless discussions over controversial doctrines. Second and third generation Pentecostals arose who did not know the former glory. Much of the original supernatural manifestation had disappeared from the average congregation. A church with supernatural gifts in operation and with manifestations of supernatural worship was the exception rather than the general rule. Many old-timers in the church were testifying about the good old days. The newer ministers and younger generation saints became hungry for a new visitation of God.

また、後の雨運動が始まった当初から信徒説教者として参加していたレジナルド・レイゼル(Reginald Layzell)も、後の雨運動が起こる1940年代当時を次のように振り返っています。

1940年代の初めには、多くのペンテコステ派の牧師が、教会に新しい神の働きが始まることを渇望していた。私たちは共に、人々の間に見られる霊的な停滞、冷めた空気、霊的な飢え乾きの欠如に対して問題意識を抱いていた。5

【原文を読む】

Early in the 1940s many of the Pentecostal ministers experienced a longing for a fresh move of God in our churches. Together we had become alarmed at the spiritual decline, coldness and lack of spiritual hunger in people.

そのような状況で、彗星のごとく現れたのがいやしの伝道者、ウィリアム・ブランハムでした。ペンテコステ派の牧師であったブランハムは、1946年にいやしの伝道者としての活動を始め、北米各地で数千人、数万人規模の集会を開いて人々の注目を集めていました。

MEMO

ウィリアム・ブランハムは、現代のいやしの集会、いやしの伝道者の原点とも言える人物で、後の雨運動の源流にもなりました。しかし、ブランハムは後に三位一体を否定し、エバとサタンが性交してカインが生まれたとする異端的な教えを語り出し、カルト化していきます。ブランハムについては別の記事で論じたいと思います。

後の雨リバイバル

1947年秋に、カナダのバンクーバーでブランハムの集会が開かれ、カナダ中から人々が集まって来て参加します。その参加者の中に、後の雨運動を始めることになるカナダアッセンブリー教会の牧師ジョージ・ホーティン(George Hawtin)もいました。ホーティンはカナダのサスカチュワン州ノースバトルフォードにあるシャロン聖書学校の創設者で、集会には聖書学校の教師たちも参加していました。ブランハムは、会場に来ている人の病や人生で経験したことを的確に言い当てる「知識の言葉」と呼ばれる能力を使って、会場に来ていた人々を驚かせていました。

ブランハムの集会に大きな感銘を受けたホーティンらは、シャロン聖書学校に戻ると、神の新たな訪れを求め、断食をして祈り始めます。そして、1948年2月に若い女性の信徒が「偉大なリバイバルが来る」と語った「預言の言葉」をきっかけとして起こったのが、後の雨リバイバルです。ジョージ・ホーティンの兄弟であるアーネスト・ホーティン(Ernest Hawtin)は当時を次のように振り返っています。

来る日も来る日も神の栄光と力が私たちに臨んだ。すばらしい悔い改めとへりくだり、断食と祈りがすべての人に見られた。6

【原文を読む】

Day after day the Glory and Power of God came among us. Great repentance, humbling, fasting and prayer prevailed in everyone.

そして1948年の7月に、シャロン聖書学校で第1回目の「キャンプ集会」(リバイバル集会)が開かれます。リバイバルの噂を聞きつけた人々は、カナダと米国の全土、全世界から、神の力としるしを求めてシャロン聖書学校に集まりました。こうして集まった人々から、後の雨運動が始まることになります。

「後の雨」という言葉

イスラエルには、年に2回の降雨期(春と秋)があります。秋に降る雨は「初めの雨」と呼ばれ、種が芽を出して生育するのを助けます。冬の間に成長した作物は、春に降る雨である「後の雨」によって実を実らせ、収穫が可能になります。

「後の雨」はペンテコステ運動の初期から使われ出した用語で、ヨエル2:23の「主は、義のわざとして、初めの雨を与え、かつてのように、あなたがたに大雨を降らせ、初めの雨と後の雨を降らせてくださる」という聖句が出所になっています。この教えでは、使徒2章のペンテコステの日に起きた聖霊降臨が「初めの雨」で、終わりの日には初めの雨を上回る「後の雨」の祝福があり、大リバイバルが起こるという教えがありました。後の雨運動は、そのような「後の雨」の祝福が今まさに来ようとしているという意味で付けられた名称です。

ただし、この教えは旧約聖書のイスラエルを教会と読み換える「置換神学」の影響を受けており、誤った解釈です。

ペンテコステ教会主流派との対立

北米全土に広がった後の雨運動は、カナダと米国のペンテコステ教会に広く影響を与えていきました。そこで問題になったのが、当時のペンテコステ運動では教えていなかった数々の教えでした。特に問題になったのが、教団教派に分かれているキリスト教会を批判し、使徒と預言者の下で一致することを求めた「五役者の回復」の教えでした。

これに危機感を覚えたペンテコステ教会の主流派は、この運動に対する警戒を呼びかけ、一時的にペンテコステ派を二分するような状況となりました。

そのような中で1949年に出されたのが、アメリカのペンテコステ派最大のネットワークであるアッセンブリー教団(Assemblies of God)による後の雨運動に対する非難決議です。この非難決議は実質的に後の雨運動に対する異端宣言となりました。この決議の後、主なペンテコステ派の各教団はこの運動から距離を置くようになり、運動は次第に衰退していきます。ビル・ハモンはそれを次のように証言しています。

後の雨運動で米国と世界各国で設立された数百の教会のほとんどは、15年以内に消滅した。7

【原文を読む】

Within 15 years, most of the hundreds of churches that had been established throughout the United States and the nations of the world during the Latter Rain Movement had disappeared.

ただ、後の雨運動がすぐに衰退したわけではありません。後の雨運動に従う教会は、教派を飛び出て単立教会の群れを形成し、運動を継続しました。しかし、次第に影響力を失っていきました。後の雨運動が衰退した原因は、本シリーズの第3回「後の雨運動(3)『後の雨運動を振り返る』」で詳しく取り上げます。

このように始まり、衰退していった後の雨運動は、具体的にはどのようなことを教えていたのでしょうか。米国のアッセンブリー教団は、なぜ異端宣言を出すことになったのでしょうか。次は、後の雨運動の教えについて見ていきましょう。

後の雨運動の教え

後の雨運動が教えていたことは、1948年の米国アッセンブリー教団による非難決議の内容を見ることで概要をつかむことができます。まずは決議の内容を見てみましょう。

(1)米国アッセンブリー教団の非難決議

米国アッセンブリー教団が出した後の雨運動に対する非難決議は次の通りです。

私たちは、この極端な教えと実践を非難する。それは、聖書的な根拠がなく、尊い同じ信仰を保つ人々の交わりを乱すものであり、キリストのからだに混乱と分裂を招くものである。ここに第23回総会は、以下の点について「後の雨の新しい秩序」を非難することを決議する。

  1. 按手と預言によって賜物を分け与え、見分け、授け、確証を与えることの過度な強調。

  2. 教会は現代の使徒と預言者という土台の上に建てられるという誤った教え。

  3. 人に罪を告白することで罪から解放されるという「新しい秩序」が提唱する極端な教え。この教えでは、キリストにのみ属する特権が人にもあると主張している。

  4. 言語の賜物が宣教師の働きのための特別な能力として与えられるという誤った教え。

  5. 預言の賜物を使って、個人的な導きを与えたり、導きを強制したりする極端で非聖書的な慣行。

  6. 私たちの間で一般的に受け入れられている教えと慣行に反するその他の強引な聖書解釈や歪んだ聖書解釈。8

【原文を読む】

That we disapprove of those extreme teachings and practices which, being unfounded Scripturally, serve only to break fellowship of like precious faith and tend to confusion and division among the members of the Body of Christ, and be it hereby known that this 23rd General Council disapproves of the so-called “New Order of the Latter Rain,” to wit: 1. The overemphasis relative to imparting, identifying, bestowing or confirming of gifts by the laying on of hands and prophecy. 2. The erroneous teaching that the Church is built on the foundation of present-day apostles and prophets. 3. The extreme teaching as advocated by the “New Order” regarding the confession of sin to man and deliverance as practiced, which claims prerogatives to human agency which belong only to Christ. 4. The erroneous teaching concerning the impartation of the gift of languages as special equipment for missionary service. 5. The extreme and unscriptural practice of imparting or imposing personal leadings by the means of gifts of utterance. 6. Such other wrestlings and distortions of Scripture interpretations which are in opposition to teachings and practices generally accepted among us.

非難されている内容について、以下に具体的に見ていきます。

1)按手による賜物の付与

アッセンブリー教団は、1コリント12:11の「御霊は、みこころのままに、一人ひとりそれぞれに賜物を分け与えてくださる」という聖句に基づいて、聖霊の賜物は聖霊がみこころのままに各信者に与えるものであり、人が与えるものではないと教えていました。聖霊の役割を人が果たすことはできないという考え方がそのベースにあります。ペンテコステ教会で強調される異言の賜物も、祈り求めて待つことで受けるものという教えでした。今もこの教えは変わっていません。9

2)使徒と預言者の回復

先ほど述べたように、アッセンブリー教団が最も警戒したのが使徒と預言者の回復に関する教えでした。この教えは、NARの中心的な主張でもあります。後の雨運動を研究したリチャード・リス(Richard Riss)は、この点について次のように記しています。

ノースバトルフォードの兄弟たち(訳注:後の雨運動)と一部のペンテコステ教派との間で大きな論争の的となっていたのは、現代の教会にも使徒と預言者がいるという前者の教えだった。10

【原文を読む】

A major point of controversy between the North Battleford brethren and some Pentecostal denominations was the teaching by the former that there are present-day apostles and prophets for the Church.

この教えが、先に述べたようにペンテコステ派の分裂を招くことになります。

3)人が罪の赦しを宣言する

これはカトリックの告解(懺悔)と同じように、教会の指導者に罪を告白し、指導者が罪の赦しを宣言することです。これはキリストの権威を人が行使することを認めるもので、非聖書的な教えです。また、教職者が信徒に対する支配を強める道具にもなりました。

同じようなことを教えている指導者はNARにもおり、ダン・ジャスターなどがその例です。

4)言語(異言)の賜物

聖霊の賜物として、知らない言語を話す能力を受けるという教えで、特に外国に行く宣教師に与えられると教えられました。実際に、後の雨運動で献身して宣教師となった人の中には、この教えを信じて宣教地に向かった人々がいましたが、失意の内に帰国することになりました。

5)個人預言の回復

人に対して神からの言葉を告げる個人預言は、NAR関連の教会で今もよく行われています。しかし、アッセンブリー教団は個人預言について、「このような慣行の最大の悲劇は、預言の形を取りながら人間の誤った予測を語り、信者が本当は持っていない能力があるとか、神から授けられたと期待してしまうことである」11と語っています。

【原文を読む】

The greatest tragedy of such a practice is a misguided human prediction, appearing to be a prophetic utterance, that leads a believer to expect abilities and an enduement he may never have.

6)その他

それ以外にも、後の雨運動には聖書に反する誤った教えがあると言われています。実際に、後の雨運動には、地域の悪霊と対決する「霊的な戦い」や、クリスチャンに対する悪霊の追い出しなど、現在のNARが実践する非聖書的な教えの萌芽とも言える教えがあります。

(2)レストレーション

後の雨運動では、「教会は初代教会以降、次第に堕落していったが、中世の時代に底を打って上向き始め、今自分たちは完全な回復を目の前にしている」という「レストレーション」の教えが説かれました。16世紀の宗教改革で信仰義認の教理が教会に回復し、19世紀のアナバプテスト派によって浸礼式のバプテスマが、20世紀のペンテコステ運動によって聖霊のバプテスマが回復し、今は使徒と預言者が回復する時代に入っている、という主張です。一見説得力があるように聞こえますが、この教えの最大の問題は、そのようなことは聖書のどこにも教えられていないし、預言もされていない、という点です。

(3)Manifest Sons of God

「Manifest Sons of God(現れた神の子どもたち)」は、今も多くのNARやワード・オブ・フェイス運動の指導者が信奉する教えで、モルモン、エホバの証人にも共通する異端的な教えです。これについては第2回の記事で取り上げます。

以上のように見ていくと、当時のアッセンブリー教団の決定は、誤った教えを広げないようにするために十分に根拠のある判断であったことがわかります。この点は、第2回、第3回の記事でさらに掘り下げます。

まとめ

以上で、後の雨運動の概要を見てきました。以下に考察を加えます。

現代の使徒運動は教会を分裂させる

後の雨運動は、使徒と預言者の下で教会が一致することを訴えることで、ペンテコステ教会を分裂させるという皮肉な結果に終わりました。それと同じことが現在のNARにも言え、イスラエルではNARの教えをめぐってメシアニックジューが分裂の危機を迎えています。これは、究極的には現代の使徒と預言者という土台と、初代教会の使徒と預言者が築いた新約聖書という土台のどちらを取るかという問題であるため、妥協の余地がないためです。現代に使徒がいるという主張は聖書的根拠を欠いており、この2つの主張は相容れないものです。

しるしと不思議を求めることの危険性

後の雨運動は、神の新たな訪れを求める飢え乾きから始まりました。これは一見よいことのように見えます。しかし、本当にそうでしょうか。ルカ11:29には次のように書かれています。

29 さて、群衆の数が増えてくると、イエスは話し始められた。「この時代は悪い時代です。しるしを求めますが、しるしは与えられません。ただし、ヨナのしるしは別です。

人は、目に見えない方を信じ、みことばから神のみこころを知ることよりも、目に見えるもの、触れて直に体験できるものを求めます。現代にも、イエス時代のユダヤ人と同じく、しるしと不思議を求める人々が数多くいます。しかし、しるしと不思議を求めることはみずからを危険にさらすことにもなります。終末時代の預言として、次のような警告が与えられているためです(2テサロニケ2:9~12)。

9 不法の者は、サタンの働きによって到来し、あらゆる力、偽りのしるしと不思議、 10 また、あらゆる悪の欺きをもって、滅びる者たちに臨みます。彼らが滅びるのは、自分を救う真理を愛をもって受け入れなかったからです。 11 それで神は、惑わす力を送られ、彼らは偽りを信じるようになります。 12 それは、真理を信じないで、不義を喜んでいたすべての者が、さばかれるようになるためです。

反キリスト(不法の者)は、「あらゆる力、偽りのしるしと不思議」を伴って登場します。聖書の真理よりも、センセーショナルなしるしや不思議を求める人々は、目に見えないキリストではなく、反キリストに惹かれていく可能性があります。

先ほど引用したルカ11:29の前の節(28節)で、イエスはユダヤ人に対して次のように語っています。この言葉に、私たちクリスチャンは耳を傾けるべきではないでしょうか。

28 しかし、イエスは言われた。「幸いなのは、むしろ神のことばを聞いてそれを守る人たちです。」

参考文献

写真出典:https://lrm1948.blogspot.com/


  1. C. Peter Wagner, Apostles Today (Baker Publishing Group, 2006), p.13 

  2. Bill Hamon, The Day of the Saints: Equipping Believers for Their Revolutionary Role in Ministry (Destiny Image, 2012), pp.138 (Kindle 版)  

  3. Bill Hamon, Apostles, Prophets and the Coming Moves of God: God’s End-Time Plans for His Church and Planet Earth (Destiny Image, 1997) (Kindle 版) 

  4. Bill Hamon, Eternal Church (Destiny Image Publishers, 2005) (Kindle 版) 

  5. Reginald Layzell, Pastor’s Pen: First Hand Accounts of the 1948 Prophetic Revival (2019), (Kindle 版) 

  6. Richard Riss, “The Latter Rain Movement of 1948 and the Mid-twentieth Century Evangelical Awakening” (Vancouver, B.C.: Thesis), p.89 

  7. Bill Hamon, The Day of the Saints: Equipping Believers for Their Revolutionary Role in Ministry (Destiny Image, 2012), pp.139 (Kindle 版)  

  8. 1949 General Council of the Assemblies of God USA, Resolution #7 

  9. The General Council of the Assemblies of God, “Endtime Revival — Spirit-led and Spirit-Controlled“, “1. The overemphasis on identifying, bestowing, or imparting spiritual gifts by the laying on of hands and naming, supposedly by prophecy, specific gifts” 

  10. Richard Riss, The Latter Rain Movement of 1948 and the Mid-twentieth Century Evangelical Awakening (Kingdom Flagships Foundation, 1987), p.79.  

  11. The General Council of the Assemblies of God, “Endtime Revival — Spirit-led and Spirit-Controlled”