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現代の使徒運動は、教会のあり方を大きく変える第二の宗教改革であるという主張は本当ですか?

2020.03.15 聖書論 教会論 

現代の「使徒」の主張

現在は、教会に使徒が与えられ、使徒職が回復しつつある時代である。現代の使徒運動は、「教会のあり方」を変える変化として、プロテスタントの宗教改革以降で最も根本的な変化だ。この運動は、第二の宗教改革と呼ぶのにふさわしいものである。

具体例

神がこうした教会に備えてくださった新しい革袋(訳注:現代の使徒運動)に私が付けた名称が、「新しい使徒的宗教改革」(New Apostolic Reformation:NAR)である。「宗教改革」と呼ぶのは、今私たちが目撃しているのは、プロテスタントの宗教改革以降で「教会のあり方」を変える最も根本的な変化だからである。「使徒的」と呼ぶのは、古い革袋からのさまざまな変化の中で、使徒の賜物と使徒職を認めることが最も根本的な変化だからである。また、「新しい」と名付けたのは、「使徒的」という言葉を公式名に取り入れている、従来からあるいくつかの伝統的な教団と区別するためである。1

C・ピーター・ワグナー(元フラー神学校教授、使徒運動「NAR」の思想的指導者)

【原文を読む】

My term for the new wineskin that God has provided for these churches is the “New Apostolic Reformation.” It is a “reformation” because we are currently witnessing the most radical change in the way of “doing church” since the Protestant Reformation. It is “apostolic” because the recognition of the gift and office of apostle is the most radical of a whole list of changes from the old wineskin. And it is “new” to distinguish it from several older traditional church groups that have incorporated the term “apostolic” into their official name.

実際

現代の使徒運動は、プロテスタントの宗教改革が掲げた「聖書のみ」および「万人祭司」の基本原則に反する運動である。いわば、宗教改革を骨抜きにする「反宗教改革」と言うこともできる。そのため、この運動を「宗教改革」という名で呼ぶことは適切でない。

解説

冒頭に引用した言葉は、「新しい使徒的宗教改革(NAR)」という用語を生み出し、NARの思想的な父と呼ばれるC・ピーター・ワグナーの言葉です。このワグナーの言葉に対して、米国の福音派を代表する神学者であるジョン・マッカーサーは、次のように語っています。

この運動を「宗教改革」と呼ぶことには語弊がある。実際のところ、宗教改革は、第一義的には教皇が主張していた使徒の権威に反対する運動であった。さらに、宗教改革の基本原則は「聖書のみ」に従うということであったが、ワグナーの見解はこの原則に真っ向から反対するものである。ワグナーは「宗教の霊」を悪霊として定義した後、「(この霊は)宗教的指導者が、聖霊が今語っていること(現在形)ではなく、聖霊が前の時代に語ったこと(過去形)に集中するように仕向けている」と論じている。つまり、ワグナーによると、前の時代に聖霊が語ったこと(聖書)だけを見ている人は、悪霊の影響の下にいることになる。2

【原文を読む】

It is equally misleading to refer to it as a “reformation.” In fact, the Reformation was primarily a reaction against the self-proclaimed apostolic authority of the pope. Moreover, the fundamental principle of the Reformation was a commitment to Scripture alone—a concept to which Wagner’s view is emphatically and diametrically opposed. After defining “the spirit of religion” as demonic, Wagner argues that “it causes religious leaders to concentrate not on what the Spirit is saying (present tense), but on what the Spirit said (past tense) in a former season.” In other words, according to Wagner, those who look solely to that which the Spirit said in a former season (i.e., the Bible) are under demonic influence!

中世から宗教改革が起こる16世紀頃まで、キリスト教会ではローマ教皇が絶大な権威をふるっていました。当時の教皇がどれだけの権威をふるっていたかは、高校の世界史の教科書にも載っていることですので、多くの言葉を要しません。ウィクリフなど、聖書の現地語への翻訳を行って教皇の権威をおびやかす者を弾劾し、ヤン・フスなど、贖宥状(免罪符)で莫大な収入を得ていた教会の腐敗に対して声を上げる人々を粛正しました。また、異端審問や魔女狩りで異端とされた人々を火刑に処するといった残虐な行為が、教皇の権威の下で行われていました。

ローマ教皇に絶対的な権威があることの根拠は、使徒集団のリーダーであるペテロの使徒職(ペテロの首位権)を教皇が継承しているという主張にありました。つまり、教皇がペテロの後を継ぐ「使徒」であるということが、教会の頂点に君臨する教皇の絶対的な権威の根拠になっていたわけです。

「聖書のみ」の原則

そのような教皇の絶対的な権威に反対して、ルターは「聖書のみ」の原則を掲げ、教会の権威の源は教皇の使徒職ではなく、聖書のみにあると主張したのです。そのような歴史の流れに反して使徒職の回復を提唱するということは、宗教改革以来積み重ねてきたプロテスタント教会の歴史を否定することに等しいことです。しかも、ワグナーは、聖書のみに従うように教える宗教的指導者は「宗教の霊」の影響下にあると断じています。

結局のところ、ワグナーは教会に聖書と並ぶ「使徒」という別の権威を立てようとしていることになります。それは、宗教改革が反対してきたことそのものであって、「反宗教改革」とも呼べる性質のものであると言うことができます。

現代の使徒が「教会のあり方を大きく変える」というのは、ワグナーの言うとおりですが、それはよい方向ではなく、歴史に逆行するマイナス方向への変化です。

「万人祭司」の原則

万人祭司とは、クリスチャンはみな祭司であり(1ペテロ2:9、黙1:6など)、聖職者の仲介がなくてもキリストを通して神の御前に出ることができるという宗教改革の基本原則です(1テモテ2:5、ヘブル4:14~16)。もう一つ、この原則が教えていることは、「信者は、聖職者の聖書解釈をただ鵜呑みにするのではなく、自分で聖書を読み、解釈することができる」というものです。

しかし、ワグナーの現代の使徒という概念は、そのような万人祭司の原則とは相容れないものです。ワグナーは次のように語っています。

使徒は、神から啓示を受け取り、その結果として「これが、御霊が今教会に告げておられることです」と言うことができる。そのようなことを信頼性をもって告げることには、とてつもなく大きな権威が伴う。3

【原文を読む】

While there are several things that distinguish apostles from other members of the Body of Christ, the major characteristic that stands out over the others is their exceptional authority. This is reflected in 1 Corinthians 12:28: “And God has appointed these in the church: first apostles, second prophets, third teachers” (emphasis added). Thus, apostles are first in the divine order of church leadership.

つまり、神から直接受けたという啓示を使徒が語る時、その言葉には絶対的な権威が伴うというのです。そのため、使徒の啓示を鵜呑みにせず、自分なりに解釈して異論を挟むといった余地は信徒に残されていないことになります。

このような「とてつもなく大きな権威」を使徒に与えることは、教会を聖職者と信徒という2つの階層に分け、聖職者が信徒の霊的な生活を支配していた中世の教会のあり方に戻ってしまうことにつながります。

また、聖書に書かれていない啓示を神から直接受け取って信徒に語るというのは、ローマ教皇も主張していなかった権威です。そのような大きな権威を現代の使徒に対して認めることは、宗教改革に反するだけではなく、宗教改革者が批判した中世の教会以上に大きな聖書的逸脱を容認することになります。

宗教改革の原則は聖書の原則

以上で、現代の使徒運動は、宗教改革と呼べるようなものではなく、むしろ宗教改革に反するものであることを見てきました。

ここでもう一つ注意が必要なのは、「聖書のみ」も「万人祭司」も、宗教改革の基本原則というだけではなく、聖書から導き出された原則であるという点です。そのため、現代の使徒が語る主張は、プロテスタントの原則に反しているだけではなく、聖書の原則にも反しています。この点は下に挙げた関連Q&Aで説明していますので、そちらもご覧ください。

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関連動画

中川健一「万人祭司とはどういう意味ですか」3分でわかる聖書(聖書入門.com)


  1. C. Peter Wagner, Apostles Today (Baker Publishing Group, 2012), p.9 (Kindle 版)  

  2. John F. MacArthur, Strange Fire (Thomas Nelson, 2013), p.90-91 (Kindle 版) 

  3. C. Peter Wagner, Spheres of Authority: Apostles in Today’s Church (Wagner Publications, 2002), p. 97。ちなみに、使徒の絶対的な権威に服するのは信徒だけではありません。ワグナーは別の著書で次のようにも語っているからです。「キリストのからだのほかのメンバーと使徒を区別する違いはいくつかあるが、際立って大きな特徴は、使徒の持つ並外れた権威である。この点は1コリント12:28の内容にも反映されている。『神は教会の中に、第一に使徒たち、第二に預言者たち、第三に教師たち…を備えてくださいました』(強調筆者)。そのため、使徒は神が立てられた教会指導者の秩序の先頭に立っているのである」(C. Peter Wagner, Apostles Today, Baker Publishing Group, 2012, p.22.(Kindle版)。つまりは、牧師など教会の教職者も、使徒の権威に従う必要があるということです。